業務改善に取り組む

うちの会社は業務プロセスが属人的になっているため、非常に無駄・ムラが多いと感じている。プロセスを改善しなければ結果は改善されない。上層部はプロセスの改善に取り組んでいるのかもしれないが、自分の目には全くそのようには写らないので、取り組んでいないのか、取り組んでいるつもりになっているだけかもしれない。

結果を改善するためには3通りあって、例えていうなら今乗っている自転車をもっと速く漕ぐか、自動車に乗り換えるか、その人が乗りたいものに乗せるかであると思う。業務をただこなしているだけだとストコーマ(盲点)ができてしまい、見えているにも関わらず見えていないという現象が生まれる。苫米地さんの本で出てくる、時計のデザイン書いてみろっていって書いた後に、何時だったか?っていわれたら思い出せないやつだ。しっかり見ているはずなのに、見えていない。これは業務でいえば、人から見れば無駄に思えることが、本人にとっては普通になってしまっていることだ。あと、部屋が汚れているにも関わらず、本人にとっては気にならないとかも、そうかな?って思う。

つまり、自動車があるにも関わらず、自転車しか見えなくなってしまい、そのため、一生懸命自転車漕ごうとしてるということだ。ちなみにこのサイトが自転車通勤のサイトだから、自転車を一生懸命漕ぐのはいいことやん!っていう突っ込みは放っておきます。これは例なので。あと、その人が乗りたいものに乗せるってのも、今回は語らない。そういえば自転車を速く漕ぐってのは、また苫米地さんの本でいうと、現状の肯定ということに繋がるなぁ。

無論、自転車を速く漕ぐこと自体を否定するつもりはないのだが、モチベーションが低下しているときにそれを求められても、「もう一生懸命やってるのに、あの人は私をちゃんと評価してくれていない」と思われても仕方ないんじゃないの?って思う。まあこれは結構前の自分がそう思っていたというのもある。今も評価基準が不透明すぎてこの不満点は解消されていないが、「問題は、自分自身はどうあるべきか?」ということにフォーカスして動くようになってから、気持ち的には好転してきたかなと思う。ライバルは昨日の自分であると。ただこの考えは他人には強要できないので(布教はできるけど)、鬱っぽくなっていってるんじゃないかという人を見ると、ものすごく心が痛む。気持ちがわかるから。

そうなっちゃってる人たちは負のスパイラルにはまっているためか、変化を嫌う傾向が強いので、変化に対する抵抗感を減らしていきながら業務改善プロセスに乗っけていく必要があるかなと考えている。そこで最近ツールのマニュアル作成に取り組んでいる。そうすることで、その人たちも喜ぶし、その人たちが喜んでくれるのを見て自分も嬉しい。他人のために奉仕することで自分が嬉しくなる「健全な自己中心主義」で動ける。まぁまだその人たちが喜んでいるかどうかはわからないけれど、昨日デザイナーさんのために作成したSubversion導入マニュアルは非常に喜んでくれたみたいで自分も嬉しかった。他の人も欲しいと言ってきたのであげた。また喜んでくれた。こういう正のスパイラルにすることで、チームごとポジティブに楽しく仕事できるようにすることを目標にしている。文句をいうだけでなく、それを改善するために行動することで、他人の信頼を勝ち得ていく。それを快く思わない人もいるのかもしれないが、じゃあ今度はその人が楽しく仕事できるようにするにはどうすればいいか?を考える。

今日は他人の土俵に対して業務改善に取り組んだ。これは自分にとっては実験である。ただ、本心から業務効率化をしてほしいから、行った。相手からすればおせっかいなのかもしれないし、下手すると屈辱的に感じるかもしれない(特にチームリーダーにとっては。まあ賛同を得た上でやったのだが、本心はわからない…)。正循環になっていくといいなぁという希望を抱いている。


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